Inside MAX - ドキュメント・選手権2005 Vol.2
![]() 三重対高知戦を観戦する宮城MAXの選手達。 |
大会初日 2005年5月2日。今大会から大会期間が3日間となり、1回戦の4試合が午後18時40分から行われた。 宮城MAX監督の岩佐義明は、「入り」と「終わり」を大切にしろと常日頃から口を酸っぱくしている。今大会の「入り」である2回戦の勝利を確実なものとするため、どうしても1回戦をこの目でみて、きっちりとスカウティングしておきたかったのだ。 明日の対戦相手が三重チャリオッツに決定したのを見届けて、MAXの選手・スタッフは池袋の宿舎へ戻った。 実際、ここまでの調整はいくつかのトラブルに見舞われながらも順調にきていた。昨年の埼玉国体後、スタメンのフォワード・萩原哲也が練習中に転倒し左上腕骨を骨折して戦線を離脱。これによって藤本怜央(No.16)のワンセンターという布陣での戦いを想定しなければならない苦しい状況に追い込まれたMAXであったが、それが逆に1点・2点クラスの選手のシュート力の向上や、車椅子バスケ歴がまだ浅い大槻朋由(No.7)、中澤正人(No.12)といった4点クラスの選手の成長を促したのも確かである。特に、中澤の高さはその技術の未熟さをある程度補うことができるほどの武器となりうる。岩佐は大会直前まで迷っていたが、前日の時点で車椅子バスケを始めて1年にも満たない中澤をスタートで起用することを心に決めていた。 しかし―。 次の朝、思いもかけない形で”最大の”ピンチがMAXを襲った。 |
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