
開会式。手前から3チーム目が宮城MAX。奥に並ぶのが
前年優勝の千葉ホークスと準優勝のNO EXCUSE。

左から会田マネジャー、鈴木マネジャー、内海サポート(右手前)。
彼らの献身的な働きによって、
選手は最良のコンディションで試合に臨むことができた。
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−Prologue−
2008年の日本選手権開幕二日前。
宮城MAXのトレーナーを務める橘 香織は、
短いメールを監督の岩佐義明に送っている。
「いよいよ今週ですね。皆さん順調ですか?」
岩佐からの返信もまた、短いものだった。
「みんなケガもなく頑張ってる。」
それで十分だった。それ以上の朗報は無かった。
例年なんらかのケガ人や病人を抱えて臨むことがほとんどだった日本選手権。
今年は加藤芳博、三浦裕也という新人2選手を迎え、
選手11名、ベンチ入りスタッフ5名、ベンチ外サポート3名という充実した布陣である。
この数年で、宮城MAXは選手のみならず、若手スタッフの成長にもめざましいものがあった。
日本一になるためには、スタッフの充実も必要―。
椎名光男(チーム代表)の呼びかけにより、それまでは学生を卒業すると同時にチームを卒業していたマネジャーが、卒業後も仕事の都合に合わせて時間の許す範囲でマネジメント業務を続けることになった。
代々受け継がれてきたマネジメント業務に加え、
これまでは人手が足りずに行うことができなかった次の対戦相手のスカウティングやビデオ撮影など、情報戦でも太刀打ちできるようになったのだ。
チーム力は格段に上がっている。
あとは、結果として表れるか。
いよいよ、2008年の戦いの幕が切って落とされた。 |